Hello Nature

Essay to say hello nature

金田式DCアンプとデジタル録音

はじめに

昨日から二日がかりで「無線と実験」に連載されていた金田氏のDCアンプ製作記事をイメージスキャナで読み取りPDFにした。連載の単行本が出版されたので必ずしもPDF化必須でもなかったが、よく読み一部製作もしたので愛着があった、また同氏の仕事の時間経過が分かる。なぜ金田氏の記事に魅せられたのだろう?彼独特の過剰とも思われる音楽再現力アピールに惹かれたことも確かだ。でもやはり系統的で実験に基づき進歩させて行く彼の仕事内容に最も惹かれたのだ。特に彼は「生ロク」手法を音楽再現力判断の基準にし、信号の入力部分であるマイクアンプ、テープ録音再生アンプ、レコード再生プリアンプ、出力パワーアンプと入力から出力までのトータルシステムを開発した。この手法と仕事内容は信頼に値する。彼は秋田大学の先生だった。大学の仕事としてDCアンプ開発を進めたようだ。記事を読み始めたのは1977年5月号からだ。今年、シリアから帰って書店で「無線と実験」誌をめくってみたら、金田氏が大学を退職した記事を目にした。そうか、もう32年にもなるのか。彼の記事を元にして製作したプリアンプとメインアンプは健在だ。主にテープレコーダで録音した音楽を聴いている。30年の間にいろいろあった。いろいろ仕事をしてきた。アメリカに滞在した5年間、シリアに滞在した3年間、これ以外の時はいつもそばにあるクラシック音楽再生装置だ。装置の性能は変わっていないが、再生される音楽を聴く本人は年を重ね感覚が衰えてきた。不自由を感じるほどではないが聴力は衰えている、高音の聞こえが悪くなった。でもまだ昔録音した音楽を聴くとその時と同じように音楽を感じ取れる。幸いだ。

音楽の記録

彼の記事をスキャナーで読み取っているとあれこれ心に浮かんでくる。音楽の録音再生環境、特に機材はデジタル技術によって激変した。1982年に販売開始されたCD4年後の1986年には販売枚数ベースでLPレコードを追い抜いた。円盤レコードは予想以上のスピードでCDにその座を譲った。コンシューマーとして誰もが経験したことだろう。「無線と実験」19796月号には規格統一前のフィリップスコンパクトディスク機が紹介されている。また「無線と実験」19816月号には「デジタルオーディオの現状と将来 700号記念特集」記事が組まれている。この中で「アンケートによりメーカーに聞く」特集がある。ハードメーカーとして、ソニー、パイオニア、日本ビクター、松下電器、日立、三菱、東芝、テレフンケン、シャープ、日本楽器、山水、トリオ、3M、オンキョー、日本コロンビア、フィリップスが答えている。いずれのメーカーもデジタルオーディオを重視して商品開発に取り組んでいる。

アンケートに、将来(5年後、10年後)のアナログオーディオとデジタルオーディオの予想という質問がある。この時点から28年経った今、この当時の予想を見ると面白い。5年後とは1986年、10年後とは1991年になる。実際には1986年に販売枚数ベースでLPレコードを追い抜いた。

パイオニア
DADが1-2年で登場、相当の率になるためには5年以上先

山水
5年後、10年後に向かってゆっくりと確実にデジタル化希望

松下電器
5年後DADが完全に実用化、デジタルオーディオカセットレコーダが熱心なオーディオファンの間で普通に使われ出しているでしょう。

トリオ
デジタルオーディオの普及率、5年後50%
10年後80%位

日立
5年、10年の間はアナログ、デジタルは共存する、比率については予測がつかず。

ソニー
アナログオーディオとデジタルオーディオ共存という形で進み、5年後にはまだアナログ優勢と思われる。’90年代前半にはアナログ機器をはるかに上まわるものも出てくるだろう。

シャープ
将来予測は大変難しい、ユーザー側の強いニーズが推進力となり、デジタル化が急速に進むと予想、普及率10%が一つのポイント。

日本楽器
コンシューマー・オーディオ分野では信号系の処理にたいしてどちらかというと消極的ですが、電子機器・ホームコンピューター、画像などとオーディオとの連携で新しい音楽の世界を創り出す積極的な再生オーディオ分野の開拓をすべきと考える。

フィリップス
フィリップス/ソニーの提案した光学式コンパクトディスクの商品化は1982-3年であろう。そして、1990年代には現在のアナログLPに置き換わるであろう。

東芝
5年後にはテープよりもディスクの方が普及度が早く、中級以上のプレーヤーはデジタルディスクプレーヤーが主流になっていると思います。10年後にはポータブルやカーオーディオなどを含めほとんどのオーディオ機器がデジタル化されていましょう。

以上のようなメーカーの回答を見ると、欠けている視点がある。デファクトスタンダードの急速な普及という視点が規格提案したフィリップス以外にない。実際はコンシューマー向けの再生装置CDがデファクトスタンダードになり各社の予想を超える勢いで普及した。アンケートから5年後の1986年には販売枚数ベースでCDがLPレコードを追い抜いたのだ。反面、コンシューマー向けのPCMテープレコーダは普及しなかった。時間を費やしている間に大容量半導体メモリが安価になりICレコーダというより理想に近いデジタル録音再生機がコンシューマーの間で主流になりつつある。

個人的な経験になるが、私はこの年の1986年から5年間アメリカにポストドクトラルフェローとして留学した。これを契機に日本の「無線と実験」を読むことも中断した。テープレコーダを使って録音した好きなクラシック音楽のストックもそのままタイムカプセルに入ったように部屋に残された。5年後の1991年に帰国した時には音楽メディアはすっかりCDになっていた。日本レコード協会の統計資料によれば10年後の1991年にはCD対アナログレコードの生産数量は約300対1にもなっていたのだ。(社団法人日本レコード協会統計資料http://www.riaj.or.jp/data/quantity/index.html )ちょうど昭和が幕を閉じたのと同期するかのようにアナログレコードは舞台から姿を消した。

かつてのレコード会社も音楽を記録する手段としてアナログテープレコーダからデジタルPCMレコーダに短期間のうちに乗り換えた。音楽の記録も情報処理技術の一分野になったのだ。これは大きな変革だ。なにしろエジソンが蓄音機を発明(1877年)してから最近まで100年以上も、音は針によって物体に機械的に刻み込まれて記憶されてきたのだ。粘土板表面に刻みを入れて記録した楔形文字と同じ製作手法だ。文字の記録と違い時間軸が加わっているとはいえこのような原始的な手法がこれだけ長く続いたこと自体驚異的だ。

円盤レコード記録技術

エジソンの蓄音機は銅製の円筒に錫箔を巻き付け、それを手で回転する構造だった。振動板に取り付けられた針が錫箔に音の強さに応じた深さの溝を刻む。10年後の1887年、エミール・ベルリナーが円盤型のメディアを発明した。また彼はエジソンの記録方式が記録面に対して垂直(縦波記録)だったのを水平(横波記録)に変更した。これ以降円盤レコードが市場を制し改良されながら長く使われることになる。大きな改良として電気式蓄音機、割れやすいシェラック盤から割れにくく微細溝加工可能なポリ塩化ビニル盤への転換が挙げられる。さらにHi-Fi (High Fidelity)と表現される音楽再生技術の土台となった微弱振動ピックアップ技術がある。宝石を使った摩耗しにくい微小な針によって音の刻まれた溝をトレースする。その針には発電装置が着いている。微細加工技術によりこのような機械振動発電装置を人間の可聴周波数範囲とほぼ同じ範囲で共振を起こさない程度に軽く作ることができた。この発電装置の動作原理は比較的単純だ。回路に誘起される起電力は、その回路を貫く磁束の時間変化に比例する、というファラデーの電磁誘導の法則そのものだ。単純化すれば、コイルと磁石が相対的に動けば磁束の時間変化に比例する電気信号が取り出せる。比例、つまり線形応答をするという物理的な性質は貴重だ。LPレコードを作るときは再生のときと逆にコイルに電圧を加えて針を動かし円盤に波形を刻み込む。これほど単純で素直な(直線性のよい)記録装置は他になかった。だから寿命が長かったのだ。しかし、問題がある。長い演奏時間の音楽を直接円盤レコードにカッティングすることは難しい。いったん記録して、その後編集なども加えてカッティングされる。そのための記録装置としては磁気テープレコーダが使われてきた。

磁気テープレコーダ

音楽情報は強磁性体を塗布したテープに磁気情報として記録される。音楽演奏を記録した1番目のテープはマスターテープと呼ばれる。ところがテープレコーダの記録原理は単純明快ではない。強磁性体の磁場と磁束密度の関係はヒステレシスと呼ばれる著しい非線形性を示す。これに対しては交流バイアス法という大きな技術改良が寄与した。もう一つ困ったことがある。記録された磁束をピックアップ(ヘッド)に誘起する起電力は磁束の時間変化に比例する。テープを一定のスピードで走行させた場合、起電力は信号周波数に比例することになる。可聴周波数帯で信号応答を一定にするためにはあらかじめ信号を加工して記録し、再生した信号を加工しなければならない。改良の結果可聴周波数帯ではなんとか一定の特性を実現できるようになった。しかしこの段階で無視できない信号劣化が起こる。

金田式DCアンプ

実験に基づいてオーディオ装置を開発して行く金田氏の仕事には感銘した。レコード再生用のプリアンプとメインアンプにとどまらない。実演奏を録音して再生するという最も基本になるべきオーディオ装置全般を開発していった。

個人的には、特にテープレコーダを使って実演奏を録音するために開発されたマイクアンプ、テープレコーダ用録音再生アンプにはあこがれを抱いた。既にTEACR-720というモンスターマシンを購入していたのでアンプ系を更新し自分で生録してみたいと思っていたからだ。でも結局実現できなかった。技術系の仕事をしているとはいえ音楽録音を出来るような仕事環境ではなかった。

DCアンプ

さて、金田氏の仕事だが、DCアンプをキーワードにしている。音楽は交流信号なので可聴周波数帯(20 – 20 kHz)を増幅する交流アンプでも良いはずだ。そのためにはキャパシタで直流成分をカットして増幅すれば良い。電源は単一で良い。しかし、キャパシタを使用して直流成分をカットすると、その回路は一定の時定数を持ち過渡応答が複雑になる。実際の音楽波形はその過渡応答特性にかぶさった形になる。これは入力信号波形と異なることになる。交流信号でも音楽という人間の感性に訴える信号波形は直流増幅することが望ましい。プリアンプとメインアンプは可能な限り単純な差動型直流増幅回路となっている。正負の対称型電源で動作し、信号はGND0 V)を基準に正負にスイングする。プリアンプの中に1カ所だけ直流成分カットキャパシタを除けない箇所がある。イコライザ回路を含む初段と次段のメインアンプドライバの間だ。ここに音質に影響を与えないよう良質のSEキャパシタを使っている。

半導体でバイスの選定

使用するトランジスタについて、数種類入れ替えて音楽を聴き選定したと報告されている。(メタルキャン・パッケージのパワーTrをモールド・パッケージ形と交換してヒアリングMJ1979年8号、Trと音の関係MJ1981年6号)安全係数を大きくした回路では類似のトランジスタを交換しても効果を確認することは難しいだろう。でも無駄がなく、最高の条件で働かせようとすれば類似のトランジスタの中でも名器と呼ばれる物が見つかることは十分考えられる。私はそこまでは実験をしてみていないので音楽の再現の違いについては確認していない。

「AB級180Wアンプの出力に今はなきパワーの名器、2SA649, 2SD218を使った時の音楽の再生力は最高だ。… 2SA627, 2SD188というPcが小さく高域特性の良さをうまく生かしたハイパワーアンプを完成させるのが良い方法だ。」(MJ1979年11号)

「真理は一つしかない … どれが演奏を正確に再現できるか、つまり正しい音を表現するものはどれかという一点に絞って選んでいく … アンプに使っているTrの中で出力Trの2SB541と2SD388のペアーは幻の名器2SA649と2SD218がない以上、出力Tr の名器といっても過言でない。… 2SA653/2SC1161はドライブTrの名器だ。… 小信号用Trの名器2SC1400も製造中止のため入手困難になってきた。」(MJ1981年6号)

この他の改良として、使用するキャパシタの高品位化(SE)、抵抗の高品位化(金属皮膜抵抗、スケルトン抵抗)、レコード再生用に不可欠なイコライザ回路の改良(分配型)などがある。そして、さらに重要な電源の改良がある。同氏はOPアンプを使った低電圧電源から始めて(例MJ1977年5月号のAB級80WではメタルキャンタイプのOPアンプ709CEを使用)、OPアンプを、トランジスタを使ったデスクリート差動アンプに替えて、高速応答化とローインピーダンス化を実現した(MJ1980年12月号のA級50Wに2SC1583, 2SA798を使った高速応答電源を搭載)。この改良は発振や不安定動作を伴うことが多く大変な仕事だと思う。さらに交流電源から電池を使用したスイッチング電源に変更した(スイッチングレギュレーター採用バッテリー電源によるDCプリアンプの設計と製作、MJ1981年8号)。大きな改良になっているようだ。

マイクロフォンは音の入り口なので前から関心を持っていた。プロ用と呼ばれるマイクは驚くほど高価なので比較的手軽に使えるエレクトレットコンデンサマイクを使ってきた。金田氏の製作記事(MJ1978年11月号、MJ1980年7月号、MJ1981年7月号)を見て、製作したいと思いショップスのMK−4マイクエレメントを購入した。ドイツ製であり高価なものだ。マイクアンプは重要だと思う。ダイナミックレンジの広い微小信号を出来るだけ忠実に増幅しなければならない。DCアンプはその目的に適していると思う。

次はテープレコーダ用の録音再生アンプだ(MJ1978年5, 6, 7, 10, 12月号、MJ1979年2, 4月号、MJ1980年3, 4, 5, 10, 11月号、MJ1981年11月号、MJ1982年5月号)。録音アンプは磁気ヘッドをドライブしなければならない。録音、再生アンプ共に周波数補償回路も必要だ。全体は複雑な構成にならざるを得ない。オーディオ装置全部に関係する大きな改良は電源の改良だ。高速化とローインピーダンス化、そして電池とスイッチングレギュレータの組み合わせを発表している。残念ながら私はそこまで試してはいない。

30年の時の流れ

金田氏の努力の結晶も現在では不要な技術改良になってしまったものもある。それはデジタル信号処理技術と電子工学の発展によってもたらされた。個人的に最も魅力を感じていたテープレコーダも現在ではICレコーダに取って代わられつつある。電子工学の発展により大容量のICメモリが安価に製造されるようになった。アナログ信号を標本化と量子化によりデジタル信号に変換した場合は占有する周波数領域が拡大する。しかしデジタル信号処理技術によりデジタル信号を高度に圧縮する技術が開発された。このようにして小型で機械動作を必要としない理想とされてきたICレコーダが誕生した。2008年には96 kHzサンプリング、24 bit 量子化リニアPCM機能を持つICレコーダ(ローランドR-09HR)が35,000円程度で販売された。かつての高級な2Tr38テープレコーダならこの10倍ほどの価格だった。もはやテープレコーダの出る幕はなくなったのだろうか。

アナログテープレコーダ

Nakamichi550
Nakamichi550
Sony WM-D6C

アナログテープレコーダは音楽録音のマスターテープ製作用に長年に渡って使われてきた。蓄積された技術は多い。ハードウェアでは一定スピードのテープ駆動装置、テープに塗布する磁性体、磁性体に記録しそれを再生するヘッド、ヘッドに適する信号を加えるアンプ、ヘッドに誘起する微弱な信号を増幅するアンプ、アンプや駆動系に電力を供給する電源などだ。アナログ式のモータ(インダクション、シンクロナス、DCサーボ、ACサーボ各モータ)を使う駆動系ではワウ・フラッタをなくすことは出来ない。磁性体は強磁性体特有のヒステレシス特性を利用して残留磁束を保持する。ヒステレシス特性は著しい非線形特性だ。ヘッドも同じ強磁性体だ。このように理想とはかけ離れた媒体を使った信号記録装置がマスター機として長年使われてきたことはこれまた驚異的だ。機械駆動系が全くなくデジタル化された信号であれば完全に記録できるICレコーダが開発された現在、アナログテープレコーダの立つ瀬は無くなったと言い切ってよい。しかし、デジタル信号を記録するPCMテープレコーダなら長時間多チャンネル録音可能性がまだ残っている。この場合機械駆動系と強磁性体の非直線性という弱点は著しく小さくなる。とは言え、コンシューマーにとってはこのような録音機の必要性はない。これに伴ってあれほど作りたいと思っていた録音再生アンプも必要がなくなった。でもマイクアンプの重要性は以前と変わらない。

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