Hello Nature

Essay to say hello nature

テープレコーダへの愛着

はじめに

その昔、テープレコーダと呼ばれる音声記録装置があった。音は時間の流れの中で何らかの媒体の振動として存在する。これは波の性質だ。人間の聴覚は普通空気という媒体の粗密波を利用する。時間を逆戻りさせる事はできないので、過去の音をそのまま蘇らせることはできない。でも、音はエネルギーを持っている。エネルギーはいろんな形に変わることができる。空気中を伝播した音波のエネルギーが物性の変化を起こせば音の化石をつくることが可能になる。物性の変化が時間の流れに応じて次々と記録されて行くようにすれば音の時間変化まで分かる化石ができる。

恐竜の咆哮の化石が発見された、なんてことがあればとっても面白いだろう。火山の大爆発に遭遇した恐竜があわてて逃げる途中粘っこい泥沼にはまって断末魔の叫び声をあげた。泥の表面はその音波のエネルギーで波打つ。そのままの状態で恐竜と泥の表面に火山灰が降り積もり化石となる、とすれば、泥と火山灰は異質なので境界が出来、音の化石も出来たことになる。誰か発見してくれないかな。

音声記録装置の発明と変遷

われわれホモサピエンスが自然の理を理解しそれを科学的知識として蓄積していく過程で、空気の振動を薄い板の振動に変えて、その変化を動く筒に凹凸の傷をつける、または円盤に横振動波形で傷をつける形で記録することを思いついた。音の化石を作る蓄音機が発明された。物体の表面に機械的に傷をつける方法だけでなく、電磁気の物性変化に変えることも思いついた。これがテープレコーダだ。最初は磁石となる鉄の線に記録された。その後もっと便利な磁性体粉末を塗布したテープに代えられた。このような磁気テープは長い間最も重要な音声記録媒体だった。性能がよくなるにつれ音波だけでなく、もっとはるかに周波数の高いビデオ映像も記録できるようになった。磁気テープの時代は1930年ころから2000年ころまで100年近く続いたのだ。そして21世紀とともに急速に絶滅に向かった。代わって登場したのがデジタル記録媒体だ。デジタル記録は’1’と’0’の2つの物性変化さえ記録できれば良い。2つの状態を区別できる物性を持つ媒体なら何でも使えるだろう。その中でも安定性や精密加工のし易さなどから磁気変化、光の反射率変化、物質の相変化(無定形と結晶の変化)、半導体デバイスの特性変化(トランジスタ内部の電荷蓄積変化など)がよく使われている。

デジタル録音技術は一朝一夕でできたものではない。いつの時代も競争がある。より優れた技術が主流になる。テープレコーダが長い間録音機の王者として君臨したのは性能が優れていたからだ。高忠実度記録が出来る、長時間記録が出来る、記録媒体である録音テープが安価である、記録した磁気テープの特性は大変安定である、これらの特徴は音声記録の王者の貫禄十分だった。しかし、円盤型磁気記録装置が激しく追い上げた。デジタル記録と記録密度の順調な向上により磁気テープの長時間記録タイトルをも奪ってしまった。記録時間の量的な増大がこの時点で記録装置の王座の交代という質の変化をもたらした。追い落とされた磁気テープは急速に絶滅にむかった。

数十年来の音楽の愛好者の多くは磁気テープや円盤記録型レコードを沢山持っている。それらの再生もおぼつかなくなってきた。デジタルデータに変換して再記録しないと。沢山の古いアナログ録音をどんどんデジタル記録に変換して記録するには、現在ではハードディスク装置がよい。記録容量が順調に増大しテラバイトという大容量の装置が比較的安く買えるようになったので数10巻の磁気テープも1つのハードディスクに十分記録できる。

数年前だったらアナログ信号をデジタル信号に変換して標準化されたフォーマットで記録する装置(エンコーダ)が大変高価だった。それもそのはず、アナログ・デジタル変換作業とその後に必要となる標準化フォーマットへの変換がそれぞれ専用のICで行われていたからだ。これらのハードウェアとそれを制御するコンピュータが必要だった。コンシューマ用の装置でも10万円台のお金が必要だった。

21世紀に入って、ここのところ、その環境がずいぶん進歩した。まず、コンピュータの性能がよくなった(CPUチップが高速になったのとデジタル信号を取り込む高速なUSB2.0が標準インタフェースになった)のでハードウェア・エンコーダのような特別の装置を必要としなくなった。ソフトウェアだけで標準化したフォーマットでデジタル信号を記録できるようになった。アナログ・デジタル変換を行ってUSB信号を出力するICが普及したおかげで、現在どこでも使われているフラッシュ・メモリーを少し大きくした程度の装置でアナログ・オーディオ信号やアナログ・ビデオ信号をデジタル信号に変換して保存できるようになった。昔からビデオ編集などやってきた人にとっては隔世の感がある。もっともプロ用の高解像度を必要とする用途にはそれでは不十分だけどね。

人間の話し言葉の特徴と役割

CPUが高速になったおかげで取り込んでいる音声の波形を実時間で見ながらデジタル信号記録作業が出来る。それを見ながらつらつら思った。人間の話し言葉は短い強弱音節の繰り返しによって短時間のうちに多くの情報を伝えている。それは音楽の3要素といわれるリズム、メロディー、ハーモニーとは異なっている。人間の話し言葉には音の種類、音節、イントネーションが不可欠だ。音の種類について言えば、人間が発する音は口腔と鼻腔の形状、唇の形状、舌の形状によって決定される。音が空気の粗密波である以上それを発生する装置はいたって物理的だ。発生源(声帯)、空気送り器(肺)、共鳴器(口腔と鼻腔)、音波制御器(唇と舌)といった部分から構成される発声装置ということになる。

世界中の言語に子音と母音の区別がある。子音は発声装置の過渡応答特性であるのに対し、母音は定常応答といった違いがある。人間の共鳴器の形状から発生できる音域には制限がある。数百ヘルツから数キロヘルツの間だ。人間の共鳴器と大きさや構造のことなる動物の共鳴器の場合は人間では聴くことのできない数ヘルツの音や超音波を発生することができる。象やくじらの超低周波数音波発生やこうもりの超音波発生はかれらの生きていく必須アイテムなのだ。

人間の共鳴器には制限があるとはいえ、形状と開閉をいろいろ変化させることができる。日本語の場合唇の使い方は比較的単純だ。単に上下の唇を開閉器として使っている。他の言語の場合は上下の唇による開閉だけでなく上歯と下唇による開閉も使う。FやVの発音だ。舌の使い方は言語によって千差万別だ。これが面白い。またも日本語の場合は単純だと思う。よく言われるようにLとRの区別がないことに代表されるように極端に舌を変化させない傾向がある。英語は舌を歯の間に挟む発音を使う。またアメリカ英語は舌の前の部分をよく使う。いわゆる巻き舌だ。これに対してアラビア語は舌の後ろの部分をよく使う。アルファベットで表せば、A, D, G, S, T, THのような発音も日本語の発音に近い発音の他に舌の奥を押し下げて重量感のある発音がある。人間の発声器は物理的に動作制限があるとはいえ、そこから発生する音の種類は無限だ。唇、歯、舌、口腔の形の変形とそれらの組み合わせは無限なので、それに伴って発生する音の基本波成分に高調波成分が重畳して無限の音が生まれる。しかし、人間の感覚は無限を区別することはできない。脳の動的応答特性に制限されて音もグループ分けされる。子音はせいぜい20個以下だし、母音は10個以下程度だ。日本語は母音が5つと少ないと言われるが、アラビア語などは3つだ。子音と母音の組み合わせで50程度の音の区別が使用されている。文字が発明されてこれらに対応した文字が使われている。日本語は「あかさたなはまやらわ」の列に「あいうえお」の母音が組み合わされて50の文字と「ん」が加わって51の発音がある。現代文ではこのなかで類似の音が整理され実際は40程度だ。英語の場合はアルファベット26文字で表される。ドイツ語はそれに加えてウムラウトやエスツェットがあり30文字だ。アラビア語は26文字で表される。人間の使っている音の種類はせいぜい50程度なのだ。これは人間の脳の識別能力から来るものなのだ。これらの音が時間変化を伴って伝達される。人間の言語は音、区切音、複数の音と区切音からなる音節から構成される。音は母音と子音からなる。区切音は無音や音の抑揚で作られる。音節は名詞や動詞などの単語のことだ。これらを組み合わせて文が構成される。この文によって人間は正確な情報伝達を行うことができる。情報伝達のスピードはどのくらいだろう。インターネットから松本氏のデータを引用して見ます。

シチュエーション1回目2回目3回目平均
コーチングセッション315276283291
クライアントと雑談568408384453
新聞のコラム431404424420
子供との会話254300319291
コーチとの会話243331319297
自分の会話スピードをマネジメントする
松本 潤二[著] 2008年11月20日 http://enterprisezine.jp/article/detail/823

人間の脳はそれらの音節の組み合わせを特定の情報として処理し実在の世界のいろんな事象と結びつける処理能力を持つに至っている。人間の言語能力は他の動物に比べ飛びぬけて優れている。その処理スピードは500音/min程度ということになる。やや早いスピードとして600 sound/min = 10 so/s程度だ。全く無機的にデータを伝送するコンピュータの場合、初期のころRS-232C規格では300 baud(1秒間に300ビット)がよく使われた。簡単に8 bitコード2つで子音と母音の音を表すと考えれば、300/(8×2) = 18.75 so/sとなる。人間の早い会話程度と言える。人間の情報伝達能力も捨てたものではない。ここでちょっと人間の会話とデジタルデータの違いについても注意しておきたい。人間の話し言葉には音の種類、音節、イントネーションが不可欠だと言ったが、このように3つの要素を組み合わせてデジタルデータのいわば音節である’1’と’0’の伝達スピード以上の情報を伝えているのだ。トン・ツーで表現されるモールス符号通信を思い出してほしい。人間の聴覚はデジタルデータのような音節だけでも正確に識別出来る。欧文モールス符号は最も長い音節でも訂正符号を表す8つのトン、もっとも短い音節はアルファベットの’E’を表す1つのトンから構成される可変長のデジタル信号なのだ。私も若い頃アマチュア無線技士の国家試験を受験した事があった。第2級では1分間45字の欧文送受信、第1級では1分間60字の欧文に加え1分間50字の和文送受信となっていた。これを先ほどの会話のスピード1分間約500音と比較すれば1桁遅いことに気づく。人間は音節だけを頼って情報伝達しているのではない。デジタル信号の伝達方法にもこのような考えが取り入れられている。クラシックなRS-232Cなんかでは単なる電圧の強弱の違いだけを利用した。このような伝送方式をベースバンド方式と呼んでいる。ベースバンド方式も捨てた物じゃない。現にインターネットなどに多用されているEthernetもこの方式なのだ。しかし、信号には電圧の強弱だけでなく他の識別出来る物性変化がある。広く利用されているのが位相の変化だ。例えば4相PSK(Phase Shift Keying)方式では基準位相0に対して90度遅れ、90度進み、180度進みの各波形をデジタル信号00, 01, 10, 11に対応させればデジタルコードになります。電圧の強弱にくわえて位相の変化も利用すればより高速な情報伝達が可能になります。たとえば振幅変化で2段階、位相変化で4段階すれば8つのデジタルコードが出来ます。実際これは8QAM(Quadrature Amplitude Modulation)方式として使われています。さらにうんと欲張って128QAMとしてデジタルテレビの伝送などにも使われているとの事です。

人間の脳の物理的な性能は1万年たってもほとんど進歩がない。一方人間の脳が作り出したコンピュータの方はどんどん進歩した。現在では一般化された直列伝送装置(USB)が普及して、その伝送スピードは480Mbit/sにもなっている(2000年に仕様発行されたUSB 2.0規格)。同様に音のスピードにすれば、480000000/(8×2) = 30000000 so/sとなります。人間の神経細胞はこんなスピードでデータを処理することはとってもできません。単なる音節のスピードでコンピュータと競争することなど意味のないことだ。むしろ人間はこのような情報伝達方式を発明した創造性に注目してほしい。現代の高度な通信方式も、その基本的な特性は人間の会話コミュニケーションと共通性を持っているのだ。

さて、音楽と人間の会話の録音波形を比較して思ったことだ。遅いとはいえ人間の会話では10 so/s程度のスピードで大変正確な情報を伝えられる。言葉を実在の世界と正確に対応させるためには一定の規則に従って音節を並べる必要がある。音節の並べ方は言語によって逆になるほどことなる。たとえば、日本語は主語、目的語、述語となる。主語が省略されることが多く、目的語、述語の会話が多い。また形容詞、名詞の順になる。英語の場合は主語、述語、目的語の順序になる。形容詞、名詞の順は同じだ。アラビア語では述語、目的語になる文が多い。述語に主語を特定できる語尾が付くからだ。また、名詞、形容詞の順になる。これらの場合日本語とはまるで逆順になってしまう。それでも一定の規則に従っているから正確に情報を伝達できる。

「ショパンのピアノ協奏曲第1番ホ短調、ピアノはクリスチャン・ジメルマン、1975年ショパンコンクール受賞記念演奏会実況録音です。」このような解説を聞けば、誰が誰の曲をいつ何のために演奏したのか正確に分かる。63音でこれだけの情報が正確に伝えられる。それでは音楽自体ではどうだろうか。音楽は音で考える芸術、哲学のない音楽はない、とショパンは言っている。明るいリズムとメロディー、新しい未来へと向かうような全体構成は若い作曲家ショパンの哲学をあらわしているのだろう。でもその哲学の内容は限定的ではない。多様に感じ、また多様に解釈できる。音楽の波形を見ていると音節は会話に比べるとはるかに長時間継続するように見える。演奏時間全体で先ほどの63音の波形に類似するように見えるのだ。これは言語とは異なる音楽の特徴だ。言語は正確な情報を伝えるが音楽は感性を伝える。どんな楽器を使っても言語のような正確な情報を伝えることは出来ないだろう。スイスの山岳地帯で使われるホルンなどは情報伝達に使われたと言うが、一定の規則を決めておけばある程度は可能だ。だが言語にははるかに及ばない。人間の生活は1万年という短期間の間に非常に高度に発展した。この発展に言語が重要な役割をはたした。同時に情緒、感性、憧れといった抽象性の高い脳の活動も人間生活発展の底を支えてきたことも事実だ。具体性と抽象性はいつも人間生活に存在する。抽象的な感性が実世界を触媒として具体的な知識になることも多い。

テープレコーダへの私的愛着

さて、テープレコーダの話に戻ろう。1975年3月にウィーン・フィルハーモニー管弦楽団が来日する。しかも、指揮者はカール・ベームだ。よし、この際、最良の録音の出来るテープレコーダを買おう。そして、TEACの2トラック38cm/minモデルR-720-2Nを買った。1974年1月の事だった、北大生協で1割引、280,000円もした(定価312,000円)。それまで働いていた仙台にある半導体研究所を辞職し北海道大学の博士課程入学のため北海道に移り住んだのが前年の6月だった。働いていたときの貯蓄以外にたいした収入のない私にとっては大変な買い物だった。(Diary19XX/日記1969_1986_01.pdf)

私はめったに衝動買いをすることはないが、必要以上に性能にこだわる傾向が強い。テープレコーダは私のいわばお気に入りのオーディオ機器だった。中学校の頃だったか、父がAkaiのテープレコーダを買ってくれた。それを使ってNHK FMの音楽放送を録音した。それから音楽をよく聞くようになった。私はクラシック音楽、特に交響曲が好きになった。交響曲は単に感性に訴えるだけでなく人生とか世界とか広く深い哲学を語っているように思えた。それに大抵の交響曲の演奏時間は45分程度だ。この長さが良い。電子工作とか勉強とかやりながら聞いているとちょっと手を休めるのにちょうど良い時間なのだ。

どんな作曲家が好きかって?特に選んだわけじゃないけど、音楽教科書に出てくるような作曲家の作品が自然にすばらしいと感じるようになった。年代順に振り返ってみると、バッハ、ハイドン、モーツアルト、ベートーベン、シューベルト、ショパン、メンデルスゾーン、グリーグ、シベリウス、ドボルザーク、スメタナ、ムソルグスキー、チャイコフスキー、ショスタコーヴィッチ、ハチャトリアン、プロコフィエフなどだ。21世紀になって、交響曲作曲家と呼ばれる人はいないのだろうか?20世紀まで脈々と続いてきた人類の透徹した創造物は継承されないのだろうか?とっても残念だ。

よく聞くのはベートーベン以降だ。理由は簡単、哲学を感じるからだ。作曲家や指揮者はモーツアルトを取り上げることが多い。モーツアルトは若くして亡くなった、と言うか、それ以上に彼は楽曲を湯水のごとく書き出す天才だ、苦労も多かったとも伝えられているがその天才ぶりは自分との接点が少なすぎる感じなのです。人で言えば、ベートーベンとかダ・ヴィンチとかショスタコーヴィッチとか、そういった人々の継続した努力のようなものに魅力を感じるんだなあ。

さて、テープレコーダR-720だけど、これはセミプロ向けのテープデッキだ。個人やFM放送を録音する目的には高価すぎる。でもこれまで使ってきたテープレコーダに満足できず、今後ありえないかもしれないカール・ベームとウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の来日というトリガーがあった。生録にも使いたい。

当時のTEACはテープレコーダのメーカだった。業務用テープレコーダとしてR740, R-760シリーズを製造していた。カタログには「R-740形テープレコーダーは、3モーター・4ヘッド・全トランジスタ式で、業務用としての高忠実度、高信頼性を備えています。」といったうたい文句が書いてあった。ちなみに定価は2トラックモデル(740-3N)で485,000円だった。個人ではとても買えない代物だ。ところがその下位機種として「業務用のトランスポートを装備した民生機」という位置づけで発売されていたのがR-720だった。当初のカタログには定価\200,000と印刷されていた。R-740と同じトランスポートなのにプロ機の半額以下で買える、これで決まった。ところがカタログの定価に訂正があった、\312,000となってしまった。えーっ、これじゃちょっと高すぎる。値引きはないか、北大生協に聞いたら1割引になるという。それでも\280,000だ。この際、思い切って買おう。

端的に言えば、過剰投資だ。でもその後いろんな音を録音した。ちょうどこの頃、私は結婚した。彼女との会話ややがて生まれた娘の発声や会話の発達過程も残っている。こちらは生録だ。あこがれのウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の来日演奏はもちろん、NHK FMクラシック音楽番組を沢山録音した。FM放送は音質の点では最高とは言えないが解説が付くのが良い。聞きながら作曲家の事や演奏家のことを知る事が出来る。私個人の音楽アルバムは1970年代に録音したこれらの録音テープなのだ。そのアルバムには私の30代前半頃の感情も移入されている。

30年後の録音テープ

長い年月が経過した。私はもう老年期にさしかかった。音楽アルバムはその後あまり増えなかった。時に応じて化石のような録音テープを聞き続けた。その間にR-720に対する不満も感じ始めた。2トラックなので録音テープは片道使用だ。5インチ型録音テープをマスター巻きにして使っていたがFM放送を録音するには大げさ過ぎ、録音テープを4トラックの2倍消費した。録音再生周波数特性を測定してみるとフラットとは言いがたい。低音部にコンター・エフェクトによるうねりが顕著にでている。5年ほど使い続けた頃、急にワウが気になり出した。まもなくモータとキャプスタンを結ぶゴムベルトが切れた。いわゆるベルト・ドライブ方式は当時のテープレコーダだけでなくレコード・プレイヤーにも広く使われていた。ベルトはゴム製のため経年劣化する。やがて切れてしまう。早速メーカに問い合わせたらちょうど1個在庫があった。交換してまた正常に動作するようになった。当時の領収証が残っていた。「\950, R-720キャプスタン・ベルト代として, 昭和54年8月21日」と書いてある。1979.8 – 1974.1 = 5年7か月使ったのか。ベルト交換の時気づいた、キャプスタンに油を注し過ぎている。油がベルトにも付着しゴムの劣化を余計早めたようだ。1980年代になるとオーディオ・ビデオ機器に使われているモータの制御もデジタル方式になった。それ以前は、機械の運動を古典的なニュートン力学に基づいて制御する方式だった。R-720のモータ回転制御も古典的だった。この原型はアメリカのテープレコーダ・メーカであるアンペクス社のモデルだ。一定の回転を得るために巨大なフライホイールを装備した。テープのテンションを一定に保つためには機械的なバネによる緩衝機構を装備した。これにキャプスタンを回転させるために1個のシンクロナス・モータとリールのために2個のインダクション・モータが使われる。総じて重量級の重さだ。当時も電子的な制御理論はあったはずだが、それは使われていない。

このような時に、モータを電子制御する近代的なテープレコーダが発売された。Techinicsの製品だ。同社はレコード・プレイヤーにも電子制御を採用し優れた製品を出していた。時代の流れ、技術の進歩を感じ取って私も同社の7号4トラック録音再生/リバース再生/アイソレートループ・オープンデッキRS-777を購入した。標準価格は198,000円、R-720のキャプスタンベルトが切れる7か月前の昭和54年1月だった。4トラックなので往復録音ができるし、それをオートリバース再生できる、FM放送の録音とそれを鑑賞するのにちょうど適していた。これ以来R-720は長い眠りにつく事になる。もっとも2トラック録音したテープを聞くため時々起こして使いはした。そして2010年の現在までに31年の年月が流れた。この間にR-720だけでなくRS-777も眠りについている期間が長かった。それは主人の私がいなかったからだ。私は1986年4月から1991年3月までの5年間、ポストドクターとしてアメリカに滞在する機会を得た。その後、日本に戻ってからはいわゆる単身赴任の状態で仕事をした。そして退職時期を迎えた。その後、また海外に行った。2006年10月から2009年9月までの3年間、JICAのシニアボランティアとしてシリア・アラブ共和国に赴任した。こんなことから私の愛用機器は23年間ほとんど眠っていたのだ。そして現在、古巣に戻ってみると、化石化した古典的な私的アーカイブに囲まれた。アナログ記録された音楽や映像のアーカイブはもう絶滅危惧種だ。再生すること自体出来なくなりつつある。化石機器に電源を入れてみた。動く、動くだけではだめだ、正常かどうかだ。R-720のトランスポートはほぼ正常に動いた。いつキャプスタンベルトが切れるかとハラハラだったが予想に反してワウも感じない、正常に回転し続けた。驚き。しかし、録音テープを再生すると右チャンネルの音がでない。VUメータも振れない。再生アンプの初段あたりが壊れたかな、回路を見てみよう。プリント基板を取り出して見たが見ただけでは分からない。あちこちにスイッチが使われている、スイッチも経年劣化を起こしやすい。スイッチをカシャカシャ動かしてみた。なんと、音がでた。TAPE/SOURCE切替スイッチが接触不良状態になっていたのだ。R-720が23年の眠りから覚めた。

RS-777にはゴムベルトが使われていない。こちらは障害無く正常に動いた。せっかく愛機が眠りからさめたのだ。この際、アナログ・アーカイブをデジタル・アーカイブに変換しよう。録音テープの再生音をキャプチャしデジタル記録するためにインターネットを検索しPrinceton製のデジ造for Macを購入した。USBバスパワーで動作するPCA-ACUMというやつだ。Amazonの通信販売で3,436円だった。何年か前を振り返るとコストパフォーマンスの点でキャプチャ機器の進歩を実感する装置だ。元々FM放送の録音なので最高のキャプチャ設定は必要ないだろう。デジタル記録フォーマットをAAC、サンプルレートを44.1kHzとして、ほとんどの音楽を128kbpsのビットレートでキャプチャし、iTunesのライブラリにした。45分の録音テープが約45MBのファイルに収まる。圧縮なしでは約10倍の容量になる。圧縮なし、ビットレートを256kbpsに上げた場合と比較してみたが違いを聞き分けられなかった。もっともご主人様の聴覚が衰えているため違いが分からないんだと言われるかも。家族の会話を録音した2トラックの録音テープやオペラを録音した10号リールのテープも無事キャプチャ終わった。R-720とそれを作った技術者に感謝、ついにその役割を終える時がきたか。私自身なおご主人様でいられたことにも感謝しなくっちゃ。キャプチャ後の再生システムは次のようだ。デジタル・アーカイブはPower Mac G5 (Tiger OS)のiTunesのライブラリだ。コンピュータのアナログ出力をいわゆる金田式プリアンプに接続し、同じく金田式の30W出力のDCメインアンプでスピーカを駆動する。アーカイブの部分だけの変更なのだ。キャプチャしている時にモニター音をヘッドフォンで聞いていたときより心地よい音楽が再生されるように感じる。オーディオのデジタル・アーカイブ結果に満足だ。キャプチャの済んだ録音テープはほんの一部を除いて、市のゴミ処理規則に則って燃えるゴミとして処分しよう。長い付き合いだったな、役割を終えて技術の歴史から静かに消えてくれ。今、デジタル・アーカイブとなったシベリウスの交響曲第1番を聞きながら。

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