The Euphrates River Area (May 3, 2007 - May 5, 2007)

Kingdom of Mari (マリ王国) May 4, 2007

Mari (マリ遺跡)

Mari (マリ遺跡)

15:10頃 マリ遺跡に着きました。MARIと書かれた看板が寂しげに立っています。観光客は我々の他いません。

マリはユーフラティス川流域の都市デイル エ・ゾールから南西方向に120 kmの地にあるシリアの古代都市です。この都市には紀元前5000年から人類が住んでいたと考えられています。最も繁栄したのはBC2900年からBC1759年までです。BC1759年にハムラビ王によって都市は略奪され破壊されました。

Mari (マリ遺跡)

Mari (マリ遺跡)

15:13 中に入りました。さすがに古い。土壁だ。掘り起こされた場所の上には保護のための屋根が設けてあります。

マリはシリアの西部わき腹、イラクとの国境の近くで1933年に発見されました。

Mari (マリ遺跡)

Mari (マリ遺跡)

15:14 土壁ですね、ここにはくっきりと木の柱の跡が残っています。もちろん、木は消えうせています。

ベドウィンの部族が死んだ部族民のため墓石を塚から掘り出しているとき頭部のない像を見つけたのです。このニュースが当時シリアを支配していたフランスの権威者に伝わった後、ルーブル美術館の考古学者によって1933年12月14日から発掘が開始されました。

Mari (マリ遺跡)

Mari (マリ遺跡)

15:15 レンガで出来た壁もあります。

発見は迅速でした。イシュタルの神殿が次の月に発見されたのです。マリは考古学者によって「シュメール文化の西方前哨」と分類されました。発掘をはじめてからアッカディアン言語の楔形文字が刻まれた粘土タブレットが25,000個以上発見されました。

Mari (マリ遺跡)

首長エビハ二世、アルカイック王朝(約BC 2400)、マリのイシュタル神殿で発見されルーブル美術館に所蔵されている。

Intendant Ebih-Il, found in the temple of Ishtar at Mari, Archaic Dynasties (ca. 2400 BC), Louvre Museum

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Mari (マリ遺跡)

Cray Tablet

マリのジムリ・リム王の粘土タブレット、約BC 1780、ルーブル美術館所蔵

Tablet of King Zimri-Lim of Mari, ca. 1780 BC, Louvre Museum

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Mari (マリ遺跡)

Mari (マリ遺跡)

15:16 ここは神殿だったのでしょう。立派な部屋です。この背景の台座に神像があったと思われます。

Mari (マリ遺跡)

Mari (マリ遺跡)

15:23 大きい土壁で囲われた集会所なのかな?

 

Mari (マリ遺跡)

Mari (マリ遺跡)

15:31 外に出ました。地面は砂ではなく粘土質です。殆ど発掘されていません。

古代マリは3つの期間に分けられる。第1期は紀元前27世紀にさかのぼる。この時期に約120 kmにも及ぶ運河が造られた。

 

Mari (マリ遺跡)

Mari (マリ遺跡)

15:32 この下に何が埋もれているんだろう?保存対策を講じないまま掘り進めることはしない方針なのです。

第1期の古代マリは交易で栄えた。神殿や街の壁が作られた。

 

Mari (マリ遺跡)

Mari (マリ遺跡)

15:32 掘り進められた場所の上にはこのような屋根を設置しています。でもちょっと不安ですね。

 

Mari (マリ遺跡)

Mari (マリ遺跡)

15:33 ここも大きな部屋だったようです。粘土の中の一角に当時のレンガの壁が現れています。

 

 

Mari (マリ遺跡)

Mari (マリ遺跡)

15:40 第3期は青銅器時代だ。ここは立派な部屋だ。向こうの台(大理石)は王の玉座です。その右に書庫があり、マリの遺跡で最も重要と考えられている粘土タブレットが30,000個も出土しました。

Mari (マリ遺跡)

Cray tablet found at Mari

粘土タブレットです。楔形文字がビッチリ書き込まれています。大部分のタブレットは紀元前18世紀のものです。紀元前にこのような書籍を収めた書庫が作られていたことは驚嘆に値します。

シリアのデイル エ・ゾール博物館所蔵

Mari (マリ遺跡)

Mari (マリ遺跡)

15:49 夏草の向こうにマリ遺跡。紀元前2600年までさかのぼれるホモサピエンスの居住空間です。BC1759年にバビロニアのハムラビ王によって都市は略奪され破壊されました。その後マリは粘土と砂に埋もれ、伝説の都になって3700年の後世に送り届けられたのです。

一帯は砂漠ですが、ところどころに草が生えています。クローズアップしないと分かりにくいのですが、真ん中の背の高いのがアザミの花、黄色っぽく見えるのが麦の原種です。青っぽく見えるのが菜種の原種です。5000年もの間草木はホモサピエンスの盛衰を見てきたのでしょう。

 

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